石垣島・与那国島・宮古島3島をめぐる平和交流の旅④
今回、一番ショックを受けたのは「戦争マラリア」の話だった。

日本軍は八重山諸島に米軍が上陸することを想定して、島の人々を移住させた。マラリアの無病地であった画像水色の波照間(はてるま)島、新城(あらぐすく)島、黒島、竹富島はピンク色の西表島の有病地に強制的に移住させられた。
この旅から帰宅して、「沖縄スパイ戦史」というドキュメンタリー映画を観て、「戦争マラリア」についてさらに詳しく知ることができたのだけれど、知れば知るほどひどいことをやったもんだと苦しい思いに駆られた。
「山下虎雄」と名乗る人物が波照間島に学校の教師として赴任してきた。島の人々はこどもも大人もみんな東京から立派な先生が来たと喜んだという。しかし、この人物は本名は「酒井清」という者で、陸軍中野学校を卒業したえり抜きのスパイ工作員だった。当初は優しい教師を装っていたが、命令が下りた途端に豹変し日本刀で島民を脅し、移住を迫ったという。結果、波照間島は1,590人のうち477人がマラリアに罹患し亡くなってしまった。
移住する際に家畜はそのまま置いて行けと言われたという。日本軍は家畜を加工して食料の備えにした。「沖縄スパイ戦史」には「酒井清」の肉声と写真が出てくる。この人物は最後まで謝罪をしなかった。移住の理由には前述の家畜を手に入れたかったというのと同時に、島民が米軍に捕まった際に情報を漏らす、あるいはスパイになることを避けたのではないかと言われている。現に、沖縄本島では日本軍と一緒に戦闘に加わった少年兵が直接スパイ呼ばわりされて、切り殺されている。
このようなことがなぜ、まかり通ったのか。「沖縄スパイ戦史」の中では研究者も何人も出てくるのだが、その中の先生は「軍機保護法」をあげていた。そういえば、昨年、横須賀市中央図書館で「20世紀前半の横須賀と出版」というまとまった展示がおこなわれた。その際すべての展示を撮らせてもらったので、「要塞地帯法」も含め関係した画像をアップしておこうと思う。




軍機保護法の第1条には「軍事上秘密の事項又は図書物件であることを知ってこれを探知収集した者は、重懲役に処し、その情軽き者は、一等を減ずる」とある。また3条には「偶然の原由によって軍事上秘密の事項又は図書物件を知得領有した者がその秘密であることを知ってこれを他人に伝説交付し、若しくはこれを公示したときは、軽懲役に処する」とある。つまり、意図的であろうとなかろうとお構いなしに、違法となり罰せられるということだ。
だから、前述の中野学校出身の「酒井清」は任務を遂行しただけであり、そこに人間的な後ろめたさも自己嫌悪感も一切なかったのではないかと思われる。他方、同じ中野学校出身の少年兵を統率し軍隊を率いた人物の中には戦後、何度も少年兵だった人の家を訪問し、慰霊碑の前で号泣した者もいたという。
戦争というは実践部隊の派兵だけではなく、家族の暮らしを滅茶苦茶にする。かかわったすべての人々を苦しめ続ける。事は複雑であり、加害者にも被害者にもその後の人生に大きな影を落とす。
私は実は20年くらい前に波照間島に行ったことがある。その時は純粋に観光であって、その時は「戦争マラリア」のことを何も知らなかった。そのことを今回、恥じた。沖縄本島へ4度行ったが、その時には「沖縄戦」を意識して行った。しかし、波照間島にもそのような歴史があったとは今回初めて知った。沖縄の島々には様々な戦争の傷跡があるのだ。十把一絡げにはできない底知れぬ深い闇のような歴史がある。「戦争スパイ戦史」の中でおばあさんが「友軍なのにねぇ。友軍がねぇ、あんなことするなんて」と言っていた。沖縄の人々は日本軍を信じていた。少年兵は率先して勇敢に戦った。そしてスパイ扱いされて切り殺された。本当にひどすぎる。すべては国体護持の名の下に。すべてのヤマトンチューはそのことを受け止めなければならないと思う。
戦争は政治の延長だが必要悪ではない。戦争は絶対悪だ。




