とても残念。よこすか開国花火大会2025中止に思う。
横子さんと須賀男くんの会話。
横子 「『よこすか開国花火大会2025』が中止だって!」
須賀男 「えっ!なんで?」
横子 「『日米親善ヨコスカフレンドシップデー2025』が中止だからだってさ」
須賀男 「フレンドシップデー中止と開国花火中止とどう関係するわけ?」
横子 「それがね、関係大ありなんだよね。開国花火って、どっとお客さんが横須賀に来るのね。去年なんか、18万5000人も来たんだよ」
須賀男 「すごい数だね」
横子 「そのうちの半数はなんと米海軍基地の中から花火を見るんだって!」
須賀男 「あー!そうか!フレンドシップデーが中止だとそのお客さんたちの行き場がないってことか!」
横子 「そうそう、今年は三笠公園もリニューアル中だし、それだけの数のお客さんを収容できるところはないのよね」
須賀男 「でもさ、そしたら、そもそも、なぜフレンドシップデーは中止になったの?」
横子 「アメリカ政府機関が予算切れになって、一部閉鎖になって、その影響みたい」
須賀男 「ふぅ~ん」
今回の件は因果関係が込み入っているので、横子さんと須賀男くんに登場してもらった。
日米親善ヨコスカフレンドシップデーにせよ、日米親善スプリングフェスタにせよ、これらはアメリカの軍事戦略を遂行するための極めて政治的な「良き隣人政策」の一環であることから、大前提として開催を肯定することはできない。他方で、基地開放という事象を客観的に捉えた際に、米国のその判断をどう解釈したら良いのかということも重要ではないかと考えてきた。
「良き隣人政策」という政治的意図はありつつも、基地開放が出来得る状況という視点である。
ひとつは情勢がまだ牧歌的だから、のほほんと基地を開放できるという視点だ。しかし、これはそれこそ私の牧歌的な推論かもしれない。アメリカという国はほとんど常に戦争をしている国だ。その軍隊は日本人が考えるほど、オンとオフが明確にないのかもしれない。だから、彼らは戦争を行い、または戦争に近い演習を行い、帰ってきたら、基地の中に日本人を招き入れスマイルを振り撒く。案外、実態はそういうことかもしれない。
ふたつめは横須賀基地の位置づけだ。今回と似通ったかたちで財政から日本中の基地開放が中止になったことがあった。今もそうなのか、今はもう再度基地開放されるようになったのか、その実態は知らないけれど、その際に横須賀基地は開放が中止にはならなかった。過去には少なくとも財政理由で中止になったことはなかった。それを私は米海軍横須賀基地は在日米軍の中でも特に重要な基地として「良き隣人政策」を中断させない方針が出たのだろうと推察していた。事の真相は知らない。
そんなことをつらつら考えていると、今回はずいぶんあっさりと中止にしたもんだと思う。コロナ禍の2020年と21年は中止になったが。いとも簡単に中止にすることができるんだなと思った。予算切れだから仕方がないのか、ない袖は振れぬというわけか。
そして、このような米国・米軍の振る舞いを見るにつけ、振り回される横須賀市であることが情けないと思う。結局、横須賀市の観光は米軍に依拠しているという証左ではないか。今回はたまたま三笠公園がリニューアル中であったことで、花火のお客さんを入れるエリアがなくなった。それで、米軍依拠が顕在化した。
最近、インド南部で人気俳優のイベントに詰めかけた民衆が36人亡くなると言う大惨事があった。人が予想以上にたくさん集まると言うことはとても危険な状態ということだ。だから、米海軍基地が使えないことで花火を中止したという決断は妥当な判断だ。むしろ、中止にしなければならないレベルだと思う。中止は残念ではあるが、致し方ない。しかし、繰り返しになるが、やはり横須賀市の観光施策が米軍頼みということが釈然としない。
「良き隣人」は「都合良き隣人」、これが正体であると言わなければならない。
下は2024年の「日米親善ヨコスカスプリングフェスタ」へ行った際の写真。第7艦隊旗艦の「ブルーリッジ」甲板から。背景には写っているのは原子力空母「ロナルド・レーガン」
私は批判するからには、現場に足を運ぶ主義。





