大村洋子
大村洋子大村洋子

避難しなければいけない時代に生きているということ①

神奈川みなみ医療生協から「熱中症に関する緊急対策の要請」を横須賀市に提出したい、ついては懇談もしたいとの要望があった。災害避難時を考えた際の学校体育館のエアコン設置が具体的な要望となっていることから、教育委員会か健康部関連だと思ったが、まずは災害時避難所の実態を知ることが必要だと考え、危機管理課と懇談するよう提案し設定した。もちろん、市議団も同席した。

私は現在、地域防災計画検証特別委員会の委員でもあるので、今回の地震・津波非難について書き留めておきたいと思う。

2025年7月30日カムチャツカ半島付近でマグニチュード8.8という巨大な地震が発生。私はちょうど、市役所北口の玄関を入ったところで、急にスマホのアラーム音が鳴り何事かと驚いた。揺れは感じなかったが、時間差で大津波が来るということがわかり、その後の数時間は情報収集と今後の行動について、あれこれ考えた。

 横須賀市はすぐに災害対策本部を立ち上げ、1回目の会議は10時30分、2日目は14時、3回目は17時。翌朝の9時30分に災害対策本部は災害警戒本部となりその後解散となった。

 観音崎から西側に至る海岸付近の地域が「避難指示」となった。発令区域にあり、津波浸水想定区域外の22カ所の震災時避難所である小中学校が避難者を受け入れることとなった。実際には22カ所以外の学校に詰めかけた市民もいて、結果として49校で避難者を受け入れることとなり、避難者の受け入れは最大で5,276人となった。

 危機管理課が出した報告を見ると根岸小学校には1,000人もの避難者がいたということで目を引いたが、近隣でちょうど行われていたスポーツイベント参加者が詰めかけたとのことだった。

 私の住む浦賀も避難指示区域になった。現実的に考えた場合、浦賀地域の高台に住む人々は真夏の炎天下を自宅から一度下に降りて、高台の浦賀中学校に避難するということは考えにくかろうと思った。私が家に着いた夕方でさえまだ暑く避難自体がリスクだと思った。そして、実際、今回の避難者の中の6人が救急搬送されている。この6人は避難所で具合が悪くなった方、帰り道で具合が悪くなった方、様々だというが、いずれにせよ、避難のリスクから心身に不調が現れたということだろう。避難所に避難したはいいが、あまりの暑さに帰宅したという方もいたと聞いている。このような話を聴くと、避難するのもケースバイケースだなと思う。私たちの記憶の中には東日本大震災の恐ろしい津波の映像がある。あんな大津波が来たら大変だ、高台に避難だ・・・そういう発想があると思う。だから、みんな避難指示だから実直に行動する。しかし、どうだろうか、すでに高台にある家の人は動く必要はないわけだし、今回のような猛烈な暑さの中を緊張しながらあくせく移動するのはそれだけで、高齢の方々、体力のない方々には過酷だと思う。

今回のことで感じるのはリテラシーの問題だ。確かにテレビでは少々ヒステリックに「絶対に海には近づかないでください」を繰り返していて、どんなに今は10cm、20cmと言っても、今後3m、5mの津波が来るかもしれない、自然の力を侮ってはいけないと思ってしまう。そうなると、避難しておいた方が無難だなと思っていまう。

いずれにしても自分の頭で考えて行動することが大事だし、それを求められていると思う。 つづく。