「高校生が描いた原爆の絵」~戦争の罪悪をいかに継承するか~
若い年代の人々にどうやって戦争の実態を伝えていくか、それは大きなテーマだ。私だって戦後世代で戦争を直接知らない。私の生まれた1964年の日本は高度経済成長期で社会全体に活気があった。活気があったというのはリアルタイムで知る由もないが、その後の時間の経過を経験する中で、60年代、70年代は混沌としつつも活気があり、日本が上り調子の時だったのだと後からわかった。
その頃だって、改憲策動やら、軍拡やらがあり、核戦争の一触即発状態もあったり、ベトナム戦争反対で世の中がざわついていた感じを覚えている。「戦争を知らない子どもたち」という歌が流行ったけれど、その年代は私より上の年代だから、今70歳前後じゃないだろうか。いやいや、戦後80年というのだから、80歳の人だって、リアルタイムで戦争を知らないということだ。そうなるともう、今生きている人の中で戦争を経験している、覚えていると言う人が本当に少なくなってきたということだ。
今日は新婦人の班会があり、「高校生が描いた原爆の絵」展示会を開催した。
被爆者の方から原爆についてのお話を聴いて、それを高校生が絵にしたものだ。高校生はもちろん原爆の体験はないし、直接見たり聴いたりということはない。しかし、被爆者の話を聴くことで追体験する、それを絵で表現するというものだ。
これは考えようによっては、かなりな脳へのインパクトがあるなと思う。描いた人の脳へのインパクトである。インプットをアウトプットするという作業。受動から能動を通して、自分の体験へと移行させる、そういう作業だ。
戦争を伝えるというのは大変なエネルギーだなと思う。受け取る側にも能動性が求められる。「戦争だけは絶対にダメだ」この体験者の強烈な思いがしっかりと伝わらないと、軽々しく戦争準備が進み、そして実際戦争となるのではないか、この展示を観ながらそんなことを感じた。





