大村洋子
大村洋子大村洋子

生活保護を巡る問題意識④

厚生労働省が2018年に調べたとこでは日本における生活保護の捕捉率は22.9%だそうだ。捕捉率というは生活保護の基準の生活をしている世帯で実際に生活保護制度を利用している世帯の割合のことだ。つまり、裏を返せば、77.1%は生活保護制度を利用していないということだ。生活保護制度は国民の権利と言われているにもかかわらず、実際には暮らしがきついと思っても我慢してしまっている人が4人に3人以上いるということだ。

なぜか?なぜ、そうなるのか。それは今回のブログの前の③②①で展開した「扶養照会」が大きな要因であり、もう1つの大きな要因は「スティグマ」ではないかと私は感じている。

20年くらい前には生活保護の申請時の「扶養照会」は当たり前だった。当時の生活保護の面接担当の職員は民法の三親等内の扶養義務の話を持ち出して、音信不通でも縁が切れていても支援を求めるのがルールと言っていた。福祉事務所には職権があり、本人すら所在知らずの親族も見つけ出して連絡をつけることができる体制を持っている。

横須賀の福祉事務所は厚生労働省や神奈川県からの通知や監督に対して従順に従っていたのだろう。そして、それは今もそうだろう。支援には経済的支援があり1か月にどのくらい用立てることができるのか、扶養照会の書面には金額まで記載する欄があった。経済的な支援ができない場合は世帯に入れて扶養控除となったその金額を支援に回すという「工夫」も提案されてた。経済的な支援や世帯に入れることができない人には時々電話をかける「精神的な支援」を勧めていた。安否確認の意味もあったのだろう。

国費を使って展開する施策であるからには、国民に説明が出来なければならない、そのために生活保護制度を厳格に行うことは理解するところだけれども、その福祉事務所の一挙手一投足がご当人らにとっては、そうとう辛いことになるのである。私自身の20年余の生活相談活動を振り返った際に、福祉事務所の職員の姿勢を慮って、申請しようとする方に先回りして「心構え」を言い含めたりしていたきらいがあったことを反省する。

そして、もっと言えば、私も母子家庭の経験者として、厳しい生活のやりくりをしていた時期があるけれど、国に世話になることはなかったという思いが心のどこかしらにあった・・・・のではないかと思う。実際、私に対して「よく生活保護にもならずに頑張ってきたよね」という人がいた。私はそれを言われて、世間では私たちのような母子家庭をそういう目でみているのかぁとつくづく感じた。しかし、私は正直言って、生活保護制度というものをその時まで知らなかった。お恥ずかしい話だけれど、暮らしていけないほどの生活をしている世帯に対して、国が面倒をみる制度、世の中にそんな制度があるということの認識がなかった。

社会保障の何たるか、憲法第25条の何たるかを考えるようになるのはもっとずっと後になってからなのだ。生活相談活動を始めた2002年頃はとにかく目の前の困窮している方と市役所に一緒に行って生活保護の申請のために隣に座って、一緒に面接を受けていた。制度の机上学習の前に、実践で見聞きすることから始まったので、系統的に学ぶというよりは知識がモザイク状にはめ込まれて、やっと10年がかりだってから全体像が明らかになってきたという感じなのだ。

さて、「スティグマ」である。どんなに制度が浸透しても、それを受容しようとする気持ちがもてなければ人は近づいていかないのだ。「扶養照会」は確かに緩和された。他法、「スティグマ」はどうか。冒頭書いた「捕捉率」が上がらない要因、それが「スティグマ」だ。得体の知れない、つかみどころのない「妖怪」のような「スティグマ」、これがはびこっている限り「捕捉率」の上昇は見込めない。⑤へ。