大村洋子
大村洋子大村洋子

文書質問

6月9日から定例議会が始まる。

私は自分自身が1期目の4年目にあたる2010年の12月に行われた議会から可能な場合はすべて一般質問を行ってきた。それは、必ず一般質問を行おうと決めたわけではなくて、その時々の問題意識で、市長に是非とも直接聴きたい、今、聴くべきだということを質問にしてきたつもりだ。

したがって、定例議会というと、一般質問をつくるために一程度の集中期間があって、2問目は一問一答を行うために、資料を読み漁ってやりとりの想定をする時間を作ってきた。それがパターンとなっていた。ところが、今回は「一般質問は遠慮する」ということに決まったので、このパターンは崩れた。

「遠慮する」という曖昧模糊、いかにも日本的な言い回し。まるで「自粛」と同じじゃないか。(自粛については文書質問で展開)

「私、遠慮しないよ。いつも通り一般質問やるよ!」とは言えなかったのか?

いやぁ、無理だなぁ。議会の一員として、その度胸というか無鉄砲さというか、つっぱりというか、無理だぁ。議会運営委員会で決まったことだから、従わざるを得ない。

というわけで、6月定例議会を前にして「文書質問」という異例の手法をとることとなった。「文書質問」の前例はないようで、従って詳細な規則もないようで、質問の分量などのきまりもなかった。

いつもの一般質問は登壇してだいたい20分行って、原稿は6,000字を目途に書いている。私は早口は苦手なので、せいぜい6,300字がマックス。それ以上だと、20分以上となって、議長に止められる可能性がある。なので、だいたいいつもの一般質問は6,500字くらい書いて、涙ぐましい努力の結果、300字程度削る。しかし、今回の文書質問は詳細な規則がないことを良いことに一切のセーブをかけずに書きたいことを書きたいだけ書いた。すると、12,895字になってしまった(!)一般質問でいう1問目のこの12,895字は会議録に記載されることはない。

なので、せめて、自分のブログには載せておこうと思う。

 

最初に発言通告にあたる質問書で出した7本の柱

①市長のコロナ危機への思いについて

②自粛と補償を一体で考えることについて

③生活保護制度について

④学校再開に向けて子どもたちのための教育環境を整えることについて

⑤米海軍基地のあるまちで市民の不安払しょくのために尽力することについて

⑥コロナ禍における音楽・スポーツ・エンターテイメント都市構想、そして横須賀再興に向けた市長自身のプランの行方について

⑦新型コロナウイルス感染症終息への決意について

 

以下は一般質問でいうところの1問目の原稿

 

文書質問

日本共産党の大村洋子です。

市議会議員になり14年目に入りましたが、一般質問のない定例議会を迎えるのははじめてです。私(たち日本共産党)は、「新型コロナウイルス感染症対策協議会」でも「議会運営委員会」でも一般質問は遠慮するべきではない、通常通り行うべきという立場を明確にしました。しかし、結果として、6月定例議会では“一般質問は遠慮する”ということに決まりました。したがって、このように、定例議会前に文書質問という手法を取ることとしました。

私はコロナ協議会のメンバーであり、議運オブザーバーでもありますので、場面、場面でなぜ、一般質問が必要なのか?ということを主張するにあたり、もう1段掘り下げて、そもそも一般質問とは何か?ということを考えざるを得ませんでした。一般質問とは何か、ネット検索すると「議員が首長などの執行機関に対し、行政全般にわたる施策の状況や方針などについて説明・報告を求めること」(コトバンク デジタル大辞泉)とありました。ここからわかることは①一般質問は議員が行うことである②首長に求めるものである③行政全般にわたるものである④状況や方針についての説明・報告を求めるものである。以上の4点です。すでに一般質問の優位性が述べられていますが、これを横須賀的にカスタマイズすれば〝上地市長に横須賀市政全般にわたることを質問し答弁を求める″しかもそれを本会議場で議員、理事者が臨場し行い視聴する。それはリアルタイムでネット中継され、後刻、録画中継もされ誰もが視聴することができる。さらには発言のすべてが(質問も答弁も1問目も2問目以降の一問一答等も)文字として会議録に記録され永年保存される。ということです。

人類史に刻まれるであろう今回のコロナ危機を横須賀市の執行機関はどのように対応したのか、横須賀市議会はどのようにチェックしたのか、是非とも一般質問を通じて明らかにし、市民に届けることが必要だと考えました。議会史としても重要な1ページとなると思ったのです。

ご承知のように、個々の施策や事業についての評価や指摘、課題の抽出、提案は「新型コロナウイルス感染症対策検討協議会」で旺盛に行っているところです。この協議会はインターネット中継を行い、会議録も残るということで、市民のみなさんへの報告になりますし、時代を経て検証する上でも貴重な資料になっていくと思われます。このように個々の施策や事業については執行機関とのやり取りで事足りるのですが、そのトップとして指示を出す市長のお考え、思い、理念、認識、方針をしっかりと伺い市民に届ける場面が一般質問を抜いてしまってはなくなってしまうということになります。私はこのコロナ危機の只中にありながらも、それはきちんと議会が市長に問うておくべきだと強く感じています。市長の口から、市長の言葉で、市長の声で明確に、この際述べられる必要があると感じています。それは市民に対するメッセージであり、市をひとつにまとめ上げる強力な求心力となるからです。

市長は、都度、都度、動画メッセージを発信されてきました。タイミングも絶妙でしたし、思いやりと前向きな言葉は医療従事者をはじめ市民の多くの方々を激励していると思います。その市長の胸の内を浮き彫りにすること、コロナ危機が顕在化したときから今に至るまでのご苦労を赤裸々に開陳していただくこと、さらには未だ解決されない点、新たに課題として浮上してきた点なども市民にお示しいただきたいと感じています。これらを質問を通して明らかにしていくのが、議員の仕事であり、私(たち日本共産党)はそのために一般質問をしたいと考えていました。

議会基本条例のなかにも謳われている二元代表制という理念を用いて、議会や議員の権能ということを展開することは容易いのですが、私はそれよりも、今、真に必要なのは「共通認識」だと感じています。私たちはものごとを言葉で考え将来に準備していくわけですから、コロナ危機の現下にあって、何を考えているかを出し合って、現状を深め認識を一致させ、打開のために知恵を絞り合うことが必要だと思います。私はそれを6月定例議会の一般質問が担うに相応しい役割だと思っているのです。

さらに付け加えるならば、私(たち日本共産党)は市政のチェックと政策立案は積み上げていくという作業、継続性が重要だと考えています。首長が交代した場合は、一からの始まりになりますが、4年なり8年のスパンで市政をあずかる首長との関係は、会派にせよ、一議員にせよ、私は繰り返しの質疑応答の中での緊張感のある到達点の延伸だと思っています。上地市政とはいったいどのような市政なのか、あの時の答弁から類推するに、この点についてはこういう考えるのではないか、他方、今のこの姿勢は、あの時のあの答弁とは矛盾するのではないかというように、議会質問の継続性の上に立ち、質問を練り上げる、私はそのように一般質問を作成しています。

しかし、返す返すも残念ですが、一般質問は成らず、議員団として出来ることは何かと考えた時に文書質問に及びました。

前置きが長くなりましたが、文書質問に至る思いを開陳させていただきました。旧約聖書伝道の書に「すべてのわざには時がある」という言葉があります。私はクリスチャンではありませんが(どちらかというと、唯物論者ですが)今の心境としては、この言葉がもっともしっくりきます。この言葉に背中を押される感を持ちながら、文書質問を進めていきます。

なにぶん、初めての文書質問であり戸惑いもありますが、一生懸命考え質問してまいりますので、ご答弁のほど、よろしくお願いいたします。

今回の質問は全て現下の新型コロナウイルス(COVID-19)感染症拡大防止に関連する観点から作成いたしました。

亡くなられたすべての方々のご冥福をお祈りいたします。

ご遺族の方々にお悔み申し上げます。

病気とたたかっている患者のみなさまにお見舞い申し上げます。

医療従事者をはじめエッセンシャルワーカーの方々に感謝申し上げます。

イスラエル人歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ博士は著書「ホモ・デウス」の中で人類にとっての大敵を飢餓、疫病、戦争と記しています。人類は1300年代に黒死病を経験し死者は7500万人~2億人と言われ、1500年代には天然痘、1700年代には結核や梅毒、腸チフス、1900年代にはスペイン風邪が大流行し5億人が発病したと言われ、日本でも45万人以上が死亡したのではないかと推定されています。新型コロナウイルス(COVID-19)の感染者は全世界で651万人余、38万5,000人余が死亡しています(2020年6月4日現在)このように人類は長きに渡って疫病、感染症とたたかい続け未知なるウイルスに遭遇しながらも種を繋いできました。近接しての発声や表情の読み取り、あるいはボディランゲージでコミュニケーションを図るという最も人間らしい行為に制限をかける感染症の蔓延は人類に多大のダメージを与えています。しかし、21世紀の今日、清潔な水や住まい、医療技術の目覚ましい前進に加え高度なテクノロジーの発展等に示されているように離れていても意思を通わせることが可能となりましたし、たとえ病気にかかっても多くの人々が完治へと歩を進めています。ですから、今度のCOVID-19に対しても人類は知恵と連帯で必ず克服できるでしょう。

本市において市長、教育長がその最先頭に立って日々、全力を尽くされていることに心から敬意を表します。

近年にみる気候変動(気候危機)に起因するともいわれる猛暑、熱中症、台風、水害、地殻変動の関連の地震、津波、地滑り、崩落等、そして、今回の感染症・パンデミック、これらは直接市民のいのち、健康、暮らしの安全・安心を脅かすものとなっています。

どの時代にも時代の課題や克服すべき問題はあったと思いますが、現在のように地球規模での危機に対応しなければならない状況、少なくともそれを世界のすべての人々が共通認識としてもつということは世界史的にも初めてのことではないでしょうか。

そして、私たちはたまたま、この渦中において、横須賀市民のいのちと暮らし、営業を守る活動を具体的に進めていかなければならない立場、逃げることのできないミッションを遂行中です。

コロナ危機の中で、市長が最も気にかけていらっしゃることは何でしょうか。大切に感じている思い、それは何でしょうか。最大の課題は何だと認識されているのでしょうか。コロナ危機が顕在化して以降、感じるところを縦横無尽に語っていただきたいと思います。

市長は就任当初、「忠恕の心」を説き、「連帯と協調」、「誰も1人にさせないまち」の具体化を進め、昨年施政方針では「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」鴨長明の方丈記を引用され、今年の施政方針では「仁」を説かれました。情の人であり、パッションの塊である市長はおそらく、前向きな出来事も辛い出来事も一心に受け止め、日々、たたかっていらっしゃるのだと思います。その一端でも開陳していただきながら、答弁をお願いいたします。

厚生労働省が5月29日に発表した雇用統計によれば、就業者数は7年4か月ぶりに減に転じ一時的に仕事を休んでいる人は600万人、このうちかなりの部分が失業者に転じる可能性があると識者はみています。

1960年代、70年代高度経済成長期の日本の労働者の多くは、働けば昇進し給与も上がり、同じ会社で定年を迎えるそんな働き方がスタンダードでした。人生に見通しがあり計画が立てられる、人々は総じて希望を持って暮らしていたと思います。しかし、90年代2000年代と徐々に働く環境は流動化し暮らしは不安定さを増していったと言わざるを得ません。昨年2019年7月に厚生労働省が出した国民生活基礎調査の概要2018年版によれば、男性の非正規雇用率は21.2%女性は55.3%でした。私はこの非正規の方々がますます不安定な生活にならざるを得ない、その際に社会はどうやってこの方々のセーフティネットになるか、夥しい数の人々が先の見えない不安の中で暮らしの心配をしなければならなくなる、想像しただけで、胸がつぶれそうです。政府は特別定額給付金をはじめ生活保障のためにいくつかメニューを創設し、現在自治体が窓口となって急ピッチで進めています。それはそれで、待ち望む方々にお届けすることは大切だと思います。しかし、そのような一時的な給付は、おそらく焼け石に水、残念ながら、すさまじいダメージで多くの労働者が厳しい生活を余儀なされることになるでしょう。多くの企業が内需から外需へと転換し、働く人々の雇用を不安定にし、政治が制度でそれを支持してきました。あるいは経済界が使い捨てのシステムを構築するために政治を操ってきたと言ってもよいかもしれません。食糧自給率は4割を切り、外国頼みです。感染症が蔓延してはじめてマスクの自国生産率が低く8割を輸入に依拠していることが露呈しました。新型コロナウイルスの感染拡大によって私たちは自分たちの社会がいかに脆弱であるかを思い知らされています。もともと内包していた歪みが顕在化し、単に元に戻すだけでは済まされないところまで来ています。また、森友・加計・桜と終わらない疑惑、「火事場泥棒」とのそしりを免れない検事長定年延長問題、持続化給付金の委託費問題と長期政権のおごりと腐敗は行きつくところまで行きつき、安倍政権の政治責任は計り知れないものがあると言わざるを得ません。

国民生活への政治の責任という点で言えば、補償を直ちに行うという姿勢が求められています。

私たち日本共産党は「自粛と補償は一体で」と主張し続けてまいりました。自粛という言葉をデジタル大辞泉で調べますと「自分から進んで行いや態度をつつしむこと」とあります。自粛はあくまで要請であって強制ではないし、自という言葉が付いている通り、自分が率先してとか内側から湧き出る思いでといったニュアンスがあると思います。言い得て妙であり、いかにも日本的な言葉です。自粛と言いながら、政府や行政は従わないところへは「指示」を出し、自粛の本質は強制であったことが明白となりました。政府や行政を支持する市民社会において「自粛警察」が暗躍し同調圧力と化しました。自粛が良い、悪い、という評価はここでは棚上げします。しかし、私が強調したいのは、政府や行政がそこまで自粛を徹底させたいならば、なぜしっかりとした補償を打ち出さないのかということです。これでは自粛しようにも暮らしを考えれば、仕事しなければならない、営業しなければならないとなってしまうではありませんか。お願いと言いながら補償なしの事実上の強制である自粛は、あまりにむごく狡猾なやり方と言わざるをえません。日本共産党が「自粛と補償は一体で」と主張する根拠に日本国憲法第29条があります。

第29条 財産権は、これを侵してはならない。

②財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。

③私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。

昨年2019年の予算議会の代表質問で、私がうわまち病院の移転問題に関連して、近隣の方々の私有財産権について質問した際に、市長から「日本共産党さんから私有財産というのは少しおもしろいと思うのですけれども」という発言がありました。この市長の御発言は私たちへの揶揄を含んでいると同時にこれが大方の世論だろうと思って受け流しました。時間が経過してしまいましたが、現状とリンクさせ少しご説明したいと思います。私たち日本共産党は「私有財産の廃止」を主張しているとよく誤解されがちです。しかし、それはむしろ逆であって、国民のいのちと財産を守るのは基本中の基本だと思いますし、私たちの政治の根幹でもあります。ですから、自粛を声高に叫ぶのならば、まずは補償をしっかり準備し、示してからでしょうということを強調するわけです。1人1人が持っている個別の所有権を国家が正当な理由もなく脅かすようなことは断じてあってはならない、そのことをはっきりと申し上げたいと思います。そして、第29条と同様に大切なのが個々の人間が幸福を追求する権利をうたう第13条、基本的人権をうたう第14条、生存する権利をうたう第25条、これらをコロナ禍の今だからこそ、心の中心において活動することが何より大切だと私は考えます。

第25条 すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

②国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

前述したように社会に非正規雇用が広がり、暮らしていけない人々が大量に出てきてもそれは努力が足りないからだ、怠けているからだと「自己責任論」が蔓延した時代がありました。まずは自助だ、そして共助、互助、最後に公助だと言われ続けてきました。それがまかり通る時もあったでしょうが、今の事態はそんなことは言っていられない状況です。私はだからこそ、国が前面に出て補償を打ち出していくことが何より大事だと考えます。国はコロナ危機にあって、本当に私たち国民を守ってくれるのですか?多くの国民が不安を感じています。そして、国が行う様々な施策・事業を具体的に市民の近くで行うのが、自治体である本市です。市長は「自粛と補償は一体で行うこと」国と国民・市民との関係、そして、国と地方自治体とのそれぞれの役割についていかがお考えでしょうか。伺います。

大量の暮らしていけなくなる人々をどう自治体として支えていくのか、大げさではなくて、真剣に対応していかなくてはならない時が目前に来ています。あらゆる給付、貸付などを総動員してもなお、暮らしが立ち行かない人々には、早めに生活保護制度の申請を促すべきと思います。上地市長は昨年4月から田浦行政センターに相談窓口を、そして今年4月からは浦賀行政センターにも窓口を設置し、地域の困りごとを一手に引き受ける市民部マターの相談体制を作り出しています。同時に旧あんしんかん跡に「ほっとかん」をつくりこちらは福祉部マターで暮らし、介護、障害など多岐に渡って受け止める総合相談窓口を設置しました。先が見えず、終息までにかなり時間を要すると言われる感染症対策の一つとして、相談体制の強化は大変重要です。

厚生労働省社会・援護局保護課は4月7日事務連絡を中核市に発出しています。「新型コロナウイルス感染防止等のための生活保護業務における対応について」と題するこの通知では、これまでの生活保護行政から明らかに画する内容が散見されます。例えば申請相談については「申請の意思のある方に対しては要否判定に必要な情報のみを収集することとし、その他の情報は後日電話等により聴取」としています。また、稼働能力を活用しているか否かについては、就労の場を探すこと自体が困難であるなどのやむを得ない場合は判断を保留することができる」としています。車の所有についても「求職活動に必要な場合には例えばひとりおやであること等の理由から求職活動を行うにあたって保育所等に子どもを預ける必要があり、送迎を行う場合も含めて差し支えない」としています。医療券についても「特段の理由がない限り電話連絡での申請を受け医療券の発行を待たずに医療機関の受診を認め、被保護者を介さず医療機関と福祉事務所とが直接やり取りをする」としています。このようにコロナ禍において総じて生活保護行政が緩和され、申請しやすく、受給への道が開かれた感を覚えます。しかし、相対的にそう感じるということであって、これを高評価と受け取ってもらっては困ります。これら通知の内容は一刻を争うほどの死活的状況下にある人々への対応として至極真っ当なものです。そして、最後の安全網である生活保護制度は本来、このように国民・市民に広く門戸を開けておくべきものだと思うのです。そこで市長にお尋ねしますが、前述した厚労省社会・援護局保護課の事務連絡は本市において実践されていますでしょうか。そして、真に実践するならば、人員、体制を見合うものにしなければならないと考えますが、実態はいかがでしょうか。私は昨年12月定例議会の一般質問でケースワーカーの担当標準数80について質問しましたが、逸脱していることはないでしょうか。また、事務連絡の中には「緊急事態措置期間中」という文言が入っている箇所がありますが、私は「緊急事態措置期間中」に限定することなく、しばらくはこの事務連絡に沿って、法定受託事務を遂行することが妥当だと感じるところです。合わせて市長の御所見を伺います。

過日、神奈川新聞は横浜市の4月の生活保護申請数が昨年の4月と比べて4割増と報道しました。そもそも全世帯の3割が預貯金のない世帯と言われ、自転車操業的日々の生活で、収入の道が断たれた場合、早急な支援策が講じられなければ、暮らしていけなくなるのは当然です。ですから、あらゆる給付、貸付等の施策で市民のお手元に現金が届くために全力を尽くすのと同時に、最後のセーフティネットである生活保護制度をもっと大きく周知することが必要だと思います。横須賀市のホームページでも広報よこすかでも様々な支援策のメニューが周知されていますが、今後、6月7月8月、秋、冬とじわりじわりとあるいは急激に生活困窮者が増えてくるのは残念ながら必至です。本市はこの事態を正面から受け止める、市民の暮らしを本気で支えるということを表明することが必要と思います。ですから、生活保護制度を利用することを今までとは画するスケールで周知していただきたいと思います。広報よこすかのなかに「生活・食の困窮」と小さく記載するのではなく、はっきりと憲法第25条を根拠法にもつ「生活保護制度の利用」として記載していただきたい。それでこそ「誰も一人にさせないまち横須賀」に相応しい広報と言えます。同時に本市負担分の25%が地方交付税で必ず後刻補填されるように段取りを進めること、国にしっかり働きかけること、これを生活保護制度の周知とセットで行っていただきたいと思います。いかがでしょうか、あわせて、市長のお考えをお聞かせください。

6月1日から学校が3か月ぶりに再開しました。現場学校の教職員、スタッフの方々、教育委員会のみなさんのこどもたちのためのご尽力に心から感謝申し上げます。

長期の休校による学習の遅れ、格差拡大、不安とストレスが深刻です。国立成育医療研究センターの「コロナ×こどもアンケート」によれば「困りごと」として「お友達に会えない」76%、「学校に行けない」64%、「外で遊べない」51%、「勉強が心配」50%となっています。また、各種のアンケート調査では「イライラする」「夜眠れなくなった」「何もやる気がしない」「死にたい」などの痛切な意見が示されているといいます。このようなアンケートを知ると、本市ではいったいどうだろうかと心配になります。現場の先生方には3か月の授業の遅れを早く取り戻したいと真剣に考えそこに全力を傾けようとされる方もいらっしゃるとは思いますが、まずはこどもたちの本音を受け止め抱えた不安やストレスに共感しながら、心身のケアに一程度の手間と時間をかける必要があると思います。ですから、家庭内における虐待の萌芽に気づくことも念頭に置きながら、場合によっては、現場教職員と教育委員会、子ども育成部も入って複数の目で立体的に子どもたちを見守ることが必要と思います。すでに再開し工夫して行われていると思いますが、現場での様子、教育長のお考えを合わせてお聞かせください。

新型コロナウイルス感染症対策専門家会議は「新しい生活様式」として「身体的距離の確保」を呼びかけています。具体的には「人との間隔は出来るだけ2m(最低1m)空けること」が基本としています。しかし、教室内の机の配置はどんなに工夫したとしても、現実的に2mの間隔を空けることは難しいのではないでしょうか。教室で全員が学ぶ6月15日からの対応をどのようにされるのでしょうか。教育課程の編成権は各学校にあることから、学校長のお考えがさまざまあると思いますが、本市としてどのような方針で対応していこうとされるのか教育長にお考えを伺います。

感染症対策は毎日の消毒、清掃、健康チェックなど今までにない多くの業務が生じ、第2波、第3波に備えてのオンラインの整備なども必要となっています。もともと異常な長時間労働となっている先生方にこれ以上の負担をかけては教育活動への注力が出来なくなってしまう心配があります。そこで、私たち日本共産党は日本教育学会が提案している平均1校あたり小学校は3人、中学校3人、高校2人の教員を増員することを求めています。この小中高校教員合わせて10万人の増員と学習支援員(第2次補正予算案の8万人余から十数万人増員)を合わせて感染症対策として児童生徒20人程度の授業ができるように進めることを提案しています。

2019年度、教員免許資格を持ち教員になりたくて受験者した方の数は13万7,753人。そのうち実際に合格した方は3万7,080人。そして、定年退職を迎えられてなお働くことが可能な方が20万人、そのうち非常勤で働いている方は約半数の10万人と言われています。(教員免許更新制の凍結も提案します)ですから、概算ですが数字だけ見れば若い年齢層の方も年配者も合わせて20万人くらいのプールはあるとみています。あとは政府として、志のある方々に待遇面などしっかりと政治としてお金を充てることです。私たちは以前から少人数学級を提案していますが、「身体的距離の確保」の具体策として緊急課題でもありますので、積極的に提案します。これは国レベルの問題でありますから、日本共産党として国会でしっかり取り上げてまいりますが、現場の学校をあずかる教育長として、この教員10万人増員の提案についていかがお考えでしょうか。ぜひご所見をお願いしたします。

新型コロナウイルス感染症問題は現下の日本の様々な歪みを露呈させていますが、在日米海軍基地関連の感染症情報のあまりの希薄さを目の当たりにして、改めて日米地位協定の矛盾に着目せざるを得ません。

米海軍横須賀基地に関係する新型コロナウイルス感染症患者の発生状況についての情報提供は3月26日に1名、3月27日に2名、3月28日に2名4月10日に1名で本市が発表した合計は6名ということです。3月30日に米国防総省が基地ごとの感染状況は非公開にすると指針を発表したにもかかわらず、4月10日には新たに1名の感染の情報提供があったとのことですから、情報提供そのものは評価できますが、本国と現地の米海軍基地との方針の違いに首をかしげたくなります。原子力空母ロナルド・レーガンの感染者については米海軍協会(USNI)ニュースによれば16人に達したとの報道があり、米CNNテレビによれば、乗組員15人が感染と報じたとのことですし、星条旗新聞の報道では「第7艦隊の拠点、横須賀海軍基地では30人未満の感染者」との配信があり、福島みずほ参議院議員の質問によれば外務省日米地位協定室の回答では「CNNの15人は誤報と認識。3~4人と認識」とのことです。このように様々な情報が錯綜している現状では、本当のところはどうなのか、基地の中はどうなっているのか心配だというのが、市民感情だと思います。

2月28日、私たち日本共産党は代表質問で井坂なおし議員が市長に艦船内において新型コロナウイルスが蔓延した場合の対応について質問しました。

井坂なおし議員の質問

本市は原子力空母ロナルド・レーガンを初め多くの米国艦船の母港となっていることから、もし米艦船内で伝染性の疾病が蔓延した場合、本市にはどのような影響が想定されるのかということです。(略)今回の新型コロナウイルスの蔓延を受けて、外務省や米海軍と体制について確認するべきではないでしょうか、市長の御所見を伺います。

市長答弁

伝染病等の人の検疫については、日米地位協定第5条及び第9条に関連する日米合同委員会合意があると承知しています。

1996年の日米合同委員会合意においては、合衆国の船舶、または航空機に検疫伝染病が存在し、検疫措置が必要となるときには、合衆国軍隊が所轄の日本国の検疫所長と協議の上、当該措置を実施することができるとしております。

 また、1966年の日米合同委員会において、在日米病院長とその区域を管轄する保健所長との間で、伝染病発症状況等についての定期的な情報交換を実施する合意がなされていまして、これに基づき、米海軍の病院長と本市の保健所長との間で情報交換を実施しているとのことであります。したがいまして、今、外務省や米海軍に改めて確認する考えはありません。

井坂なおし議員の質問に対する市長の答弁は以上でした。この答弁からわかることは内容や程度、頻度ややり方は不透明ではあるけれど、米海軍の病院長と本市の保健所長との間で情報交換は行われているということです。

また、市長は井坂なおし議員の質問に前述のように「米海軍に改めて確認する考えはない」と答弁されましたが、3か月を経て、6月4日15時から約30分に渡って、在日米海軍司令官、横須賀基地司令官と情報交換をされました。以上の内容を前提にして、以下質問をいたします。

米海軍の病院長と本市の保健所長との間で、もしくは在日米海軍司令官、横須賀基地司令官と市長の間で情報交換は行われその内容(感染者数、属性、日本人基地従業員や基地外の横須賀市民との接触の有無等)を本市は把握しているが、それを市民に公開するという権限は本市にはないということだと思います。市長は司令官との情報交換の場で「関連情報については、日米間の調整の上で公表できる情報について、適切に提供するよう政府に求めていく」とおっしゃったようですが、これはもうすでに行っていることだと思います。行っているにもかかわらず、市民への公表があまりに少なすぎ、錯綜し、そのことによって、市民のなかに不安が生じているのです。今後どのように改善していこうとお考えでしょうか。伺います。市民への公開が進まないのは、せんじ詰めれば日米安全保障に関する政治判断あってのことだと思います。そして、それを市長は「理解できとおっしゃっています。しかし、他方、基地の中はどうなっているのかというのが市民感情ではないでしょうか。市長がいくら「理解できる」と表明されても、市民には不安が残る。この矛盾をどう解消していくのかが大切なところです。また、米海軍の病院長と本市の保健所長との間で行われた情報交換において具体的な行動が必要な場合が生じたとすれば、例えば、横須賀市民が濃厚接触者になった場合などについては本人への周知をはじめ適切な対応をとることも言わずもがな大切なことです。本当はこういうことも含め公表をして安心してもらう努力が必要と思います。 

日本政府は米国を含め外国人の入国を認めない姿勢をとってきましたが(国によって緩和する方針が出されていますが米国は現在、その対象になっていません)、日米地位協定第9条「合衆国軍隊の構成員は旅券及び査証に関する日本国の法令の適用から除外される」として事実上、米軍人軍属は日本に自由に出入りすることができます。これでは「玄関を閉めて裏門を開けているようなもの」と言われてもしかたのないことだと思います。そして、まさにその現地が本市です。本市は米軍基地があることによって、市民に向けて他都市にはない特別の配慮が必要なのだと思います。今回、市長は在日米海軍司令官、横須賀基地司令官と直接テレビ会議で情報交換されたことは評価します。この際、市民の不安払しょくのためにここで確認されたことをぜひ、動画メッセージとして、市長自ら市民に発信されてはいかがでしょうか。ご所見を伺います。

 新型コロナウイルス感染症の蔓延によって、オリンピック・パラリンピックが延期となり、夏の甲子園が中止となりました。高校球児の無念を思うとこちらまで辛くなります。あらゆる文化・芸術イベント、スポーツの祭典等、多くの人々の楽しみや喜びが奪われました。それは本市の予定していた行事についても同じことが言えます。

市長は文化スポーツエンターテイメントで横須賀を再興することを公約に掲げ、この間、「ポケモンGO」「ワンピース」などの大胆な企画を行い集客促進に成功をおさめられたと思います。横須賀再興プランもいよいよ軌道に乗ってさらに本格化させようという時に、コロナ危機の襲来となりました。当然、コロナ危機の終息こそが最大の任務となっている今となっては、昨年、一昨年と同じように文化スポーツエンターテイメントに注力していくことは不可能となりましょう。1つは財政的な配分を調整していく必要があるでしょうし、もう1点は市民の気分があると思います。平たく言えば「遊んでいる場合じゃないでしょ」という空気です。一方で、今だからこそ文化スポーツエンターテイメントの力で元気を出して乗り越えていくのだという考え方もできるでしょう。市長には観光産業を基幹産業へ、そして広義の福祉を充実させていくという本当の意味での横須賀再興を成し遂げていくというお考えがあると思います。このような市長自身のプランとコロナ危機終息へ向けての支援策との関係をどのようにお考えでしょうか、お聞かせください。

質問を閉めるに当たって、最後に伺いたいと思います。

第37代横須賀市長として、市民のいのち暮らし、営業を守るため新型コロナウイルス感染症の終息のために全力を尽くす決意を改めて伺います。

以上、背景、思いも含め文書質問を作成いたしました。一問一答で深めることが出来ないため誠実なるご答弁をお願いしまして、日本共産党大村洋子の文書質問といたします。ありがとうございました。

IMG_4457

答弁が返ってきたら、それも載せたいと思う。