大村洋子
大村洋子大村洋子

新小岩~松江~船堀 48年前にタイムスリップ

私は東京都江戸川区の船堀第二小学校を卒業している。ずっと、行きたい行きたいと思っていて、ついにその日がやってきた。13歳で江戸川区を去っているので、実に48年ぶりだ。公舎や門の位置はそのままだったが、児童数が増えたのだろう道路を挟んでもう1つ校舎が出来て空中の渡り廊下で結ばれていた。

学校の周りはマンションが立ち並び、私が住んでいた頃とはうってかわって、すっかり都市になっていた。私は保育園の年長の途中で、確か12月だったと記憶しているが江戸川区に越した。家財道具と一緒にトラックで来た。道路はまだアスファルトではなかったのだ。なんせ、車が走るたびに土埃が舞っていたし、夕方になるとコウモリが滑空していた。そこここに小規模の工場があって、下町の風情を醸していたし、友達のお父さんは、私の父もみんな工場労働者だった。今日歩いたときにもいくつかそういった工場を見かけて嬉しくなった。

船堀は駅ができて電車が通り、タワーもできていた。江戸川区の公共施設ではあるが、管理運営は民間だとエレベーター嬢が言っていたから、指定管理者制度なんだろう。その展望室に行くと江戸川区を一望できた。私の通った船堀第二小学校も松江第一中学校も良く見えた。こどもの頃には家から学校、家から友達の家がずいぶん遠く感じたものだが、今日歩いたら何のことはない、すぐ近くじゃないかと思った。こどもの頃というのは、ずいぶん狭い地理感覚で生活していたのだなと思った。

今日は新小岩にまず降り立ったのだが、家から新小岩といったら、こどもの頃はさながら小旅行だった。歩いてバス停まで行って、そこからお金を払ってバスに乗る。新小岩は人も物もあふれていて活気があってワクワクした。

ルミエールという商店街の入口にサンリオのお店があって、そこでいろんな小物を手に入れるのが小学校の女子にとっては最高のイベントだった。でもそんなお店はもうなかった。48年も経っているのだから仕方がないか・・・。

ルミエール商店街は当時からもルミエール商店街だったと思う。こどもだった私の興味は商店街にはなかったけれど、今日歩いてみて、三笠とも衣笠とも久里浜とも違うアーケード街だなと思った。他方、アーケード特有の何と表現したらよいか、安くて種類が豊富で、並べてあって、庶民的な感じがあるなと思った。店舗の佇まいや看板がステキだったので、ギャラリーにしてみよう。

6歳から13歳まで7年間住んだ葛飾区、江戸川区。これから先、何年生きるかわからないけれど、今日という日は間違いなく面白い1日となったと思う。