これからの旧走水小跡地と旧田浦小跡地
昨年2025年4月から、走水小、馬堀小が統合され、馬堀小学校となり、田浦小、長浦小が統合され、長浦小学校となった。走水小学校の児童は馬堀小学校に通い、田浦小学校の児童は長浦小学校に通うようになった。
日本共産党市議団は基本的に統廃合に反対した。小学校は地域の拠りどころであり、それをなくしてしまえば、地域が廃れてしまうのではないかとの地元住民の気持ちや声を聴いてのことだった。また、何より「適正規模」という言葉で、学校を括ってしまう安易さへの懸念、子どもたちの環境の変化、通学路、校舎、友達が変わる事への負担感なども懸念材料だった。
とはいえ、子どもの対応能力はそうとうなものだし、私はそれを信じてもいる。
私は保育園の年長で転居したことから、小学校入学式のときには近所の美保ちゃんしか友達がいなかった。その美保ちゃんでさえ、同じクラスになれなかったのだから、入学式後に入った教室は人生お初の面々揃いだったわけだ。中学校に至っては、1年ずつ違った。特に1年生から2年生になった際には、またもや転居したので、人間関係は振り出しに戻った。2年生から3年生は15クラスまであったマンモス校が分離したので、通学路と校舎と校名が変わったが、友達は全取っ替えとはならなかった。そんな変化著しい小中学校生活だったが、特にそれが辛かったとか、損したなどとは思わなかった。むしろ、当時から思っていたが、けっこう、私は周りとうまくやっていけるタイプなんだなということ、同時にそれは私1人に備わった能力ではなくて、子どもにはみんなそういう柔軟な能力があるのだという、自分を通して普遍的な子ども感を持ってきた。
教育環境整備、学校統廃合はあくまで、横須賀市の施策であり、その時にたまたま、児童生徒となった子は変化を強いられて割を食うという形になる。それをどう捉えるのかである。
とまれ、走水小学校と田浦小学校は廃校となり、現在跡地の利活用へとテーマが移った。6月下旬あたりから今年いっぱいにかけて試行で施設を使っていくという。地域ではどんなニーズがあるのか、市がすべて管理運営はできないという方針で、民間も参入する案も出ている。
この間、走水と田浦の跡地活用の報告説明会に参加したが、住民のみなさんからは様々な提案が出た。走水愛、田浦愛がほとばしる発言が多かった。議会でもたまに「シチズンシップ」という言葉が出ることがあるが、机上の言葉ではなくて、これが生の「シチズンシップ」、「シチズンシップ」の萌芽ではないかなぁと聴いていて思った。よく批判めいて使われる「地域エゴ」、これを「シチズンシップ」に昇華させるプロセスを踏むことが大事だと思った。






